無題
はじめ、手紙のように文章を書こうと思った。
だけどもう、なんとなく、夢を見る、アイドルに夢を見る、
ことができなくなってしまったわたしは手紙のようには書けなかった。
ずっと頑張っていたんだなあと思う。本当にずっと。
頑張ることしか知らないみたいに頑張っていた。
彼はわたしではなかったし、わたしは彼ではなかった。
だってわたしだったらもっと、軽く、気軽に、言い方は悪いけど頭よく、していたと思うから。
だから当たり前だけど、わたしの何倍も頑張っていて、いろんな葛藤があって、いろんなところが悲鳴をあげてしまったんだ、と考えてしまう。
彼を見つけたとき、わたしは嬉しかった。
ああ彼みたいなアイドルを見つけるために、会うために、今までのことがあったんだと思った。
宇宙だ!とも思った。きっと彼を追いかけていたら知らない世界が見れる、触れれる、そう思った。
刺激的だった。
いつも痛いくらいに頑張っていて、踏ん張っていて、犠牲にしていて、夢のために心底頑張っていて、生きるとはそれでいいんだ、と何度も噛み締めた。
同時に、わたしよりもつらく、きつく、報われないかもしれない夢のために、頑張っている彼を見て心底安心していた。
素を、弱さを、見せる彼を見て、わたしは大丈夫だ、違う、強い、と言い聞かせていた。
お疲れ様。本当にお疲れ様。
今はわたしだけの人生になってしまって、なにかに投影もしていなければ、誰かに背中を押してもらっている感じもしない。
なにかに夢を見せてもらっている気もしなければ、誰かに陶酔し、依存している不安もない。
もうわたしだけの人生。
だからわたしはいつの間にかひとりで立てている。
怖くない。
ひんやりした部屋に帰ったとき、もうみんな別の道だ、と感じた。
1本だったはずの道がいつの間にか、2本に別れていて、どちらも正解で、どちらも正解ではない。
後ろか前にいた彼やわたしが隣にいて、
ただ別々の道へ行く、お互いがお互いの道の手前に立っていて、「じゃ」とつぶやく、みたいな。
悲しいけど嬉しいことだし、嬉しいけど悲しいことだ。
この感情がなにか、分からないから涙が出る。
これはたいそうなことに見えるけど、そこにいるただの人の、人生の中の一瞬だ。
いつか思い出して胸が締め付けられる、こういうものが少なくなっていって、いつか忘れられるといいなと思う。
わたしはわたしの目で見たことがすべて。わたしのほかには誰もいない。
超特急ユースケくんありがとう。
お互いしっかり生きようね。
終わり
壁打ち
推しは鏡という呪いをかけたのは随分前だったと思う。
そんな呪いのかけ出したのは、
「ファンは鏡」
と昔好きだったアイドルが言っていたのがあまりにも衝撃的だったからだ。
それってわたしにとってはアイドルが鏡ってことだ!と解釈したのだった。
それから20代の折り返し地点にたっても、どこかまだまだ鏡だと思っている。
6月、膝などが悪いというようなことで無期限の休養をとることになったユースケくん。
膝など、など、に全て含まれているようで怖かった。
いろいろな憶測がたぶん飛んでいたし、わたしもした。
ナイーブな子、というのはユースケくんを知っている人ならみんな知っていたからだ。
だから、など、に含まれるいろんなことと、動くような仕事以外の仕事もおやすみしたこと、
だから怖かった。
47都道府県を制覇、いわゆる全国開通を控えていた春夏ツアーも途中からの不参加が決まってしまった。
はじめての個人の写真集も出して、さあこれから!のときにこうなってしまったこと悔しい。
ユースケくん本人はどう感じているかは分からないのだけれど、めちゃめちゃに悔しかった。
迎えたユースケくん不在の7/7仙台公演。
ちなみに席はこれまでにないくらい良かった。
幕が開けるとまじでユースケくんがいない。どこを見てもユースケくんがいない。ステージに5人しかいなかった。いや分かってはいたんだけど、本当にどこにもいなかった。
それでも会場は盛り上がる。意味が分からなかった。涙が止まらなかった。
まじでいない、やばい。と思った。
メンバーの顔をまじまじ見ても誰もユースケくんではなかった。
隅から隅まで探してもいないのだ。声をあげてエグエグ泣いた。
爆音なのをいいことにウ〜〜〜〜と言いながら泣いた。
隣で友達がふつうに楽しんでいるのに泣いた。
休養しますというお知らせから結構日にちが経っているのに泣いた。
だっていないのだ。推しが。黄色のやばいやつがいなかった。
悔しかった。自分がいない人のペンライトを持つのも。
笑って楽しんでいる人たちも。なんでと思った。自分が最悪だと思った。
それからあんまり記憶がなくて、終盤にかけて自分も盛り上げようと思ったけど、だめだった。楽しかったのだけれど、ユースケくんがいないのが寂しすぎた。
メンバーがユースケってあまりにも言うから悲しかった。
目の前に来たであろうユースケくんが来なかったのが悔しかった。
やっぱり返金してほしいと思った。
返金しないなら、元から券面に書いておけよ、と思った。
そんな風にシビアな自分が出るのもいやだった。
この消費者感。
分かる?これくらい気持ちがぐちゃぐちゃなのだ。1公演、たった1公演ユースケくんという推しがいない公演を見ただけなのに。
別にユースケくんと結婚したいわけじゃないのに。もうとんでもなく悲しくて悔しくて寂しくて、イかれたのだ。
このとき、推しは鏡でもなんでもないのだと思い知った。
ただの他人で、わたしは好きだから勝手に応援して重ねて、お金を落とす。
何度目の気づきなのか。でもそれがいやというほど分かってしまった。
ユースケくんだってそうだ。仕事だ。踊り笑い、ときに歌って話してお金を稼ぐ。
そんなふつうのことを突きつけられてしまったのだ。大好きなコンサートの場で。
でも違うでしょ。
それ以上なにか感じるから、好きだし応援するし見ていたいんでしょ。
脱退しないで足のせいにして休養するのは、超特急のことが心の底から好きなんでしょ。
頼むよ、ユースケくん。
クサすぎて吐きそうだけどわたしはユースケくんのこと信じてるんだよ。
わたしは気長になんか待っていられない。
君は鏡なんだ、もうイタイだなんだ、でもいい。
ユースケくんの存在に救われるファンがいるんだよ。
気持ちを全身に乗せて、叫んで踊って、それで正解として生きるユースケくんは地球の希望にしか見えないし、わたしにとっては鏡なんだ。
ユースケくんが頑張っていたり、夢を叶えたりするのを見ると頑張れる。
何度も言うけど鏡だからね。これは刷込み済みなの。
「マジで膝痛かった〜!」って早く帰ってきてほしい。
頼むよ。
正直、これからどうしようと思う。最近、毎日思っている。
ユースケくんの穴はユースケくんでしか埋められない。
美味しいごはんでユースケくんの穴は埋められない。かわいい化粧品でユースケくんの穴は埋められない。
ユースケくんが帰ってこないと無理なのだ。
全国開通日、もちろん沖縄には行く。生写真も買う。
そのときもやっぱいないじゃんって泣くのかもしれないし、クソ、って思うのかもしれない。でもわたしは行く。
待ってます、ユースケくん。いつでも待ってます。
もっと待ってます、って言いたいけどこれくらいにしておきます。待ってます。